チャイコフスキー
交響曲第4番へ短調 作品36
一八七七年(三十七歳)は、チャイコフスキーの生涯にとって、最も重要な出来事が起こった年だった。
それは、大富豪の未亡人で、音楽愛好家のナジェージダ・フォン・メック夫人から、その後、十三年もの長い間、経済的な援助を受けることになったことと、チャイコフスキーの教え子アントニーナ・イワノヴナ・ミリューコヴァとの結婚である。
だが、この結婚は、わずか二か月で終わっている。
しかも、この結婚により、チャイコフスキーは強度のノイローゼになってしまい、そこで、彼は、療養のためにスイスとイタリアに出かけた。
そうして、そこで仕上げたのが、この「交響曲第四番」だったのである。